2009年12月24日

カブール通信5

カブールの旧ソ連文化センターのビルは麻薬中毒患者の巣窟になっていた。
ソ連への抵抗とその後のムジャヒディン各派の闘いで破壊し尽くされた建物にいつの頃からか麻薬中毒患者が住み着くようになった。建物の中にいる中毒患者は1000人とも2000人とも言われた。
内部は無法地帯で近寄ることも出来ななった。
今年、アフガン政府はここを封鎖し中にいた麻薬患者を治療と社会
復帰の施設に収容したといわれている。
しかし、多くが施設に入るのを嫌って逃れた。
19歳のサイードと会ったのは旧ソ連の軍事工場だった破壊された建物の中だった。
至る所に銃痕が残り、ムジャヒディンの激しい攻撃にさらされ、まるでローマ時代の遺跡のようだ。冬の日差しで暖をとりながら、壁にもたれかかり、リザ(19)と二人で腰を下ろしていた。二人の足下には使い捨てた注射器やフェロインを熱するアルミホイルが散乱していた。同い年の二人はイランに難民として逃れていたが、9歳の時に悪友に誘わて、大麻を始め、それからは転げるようにフェロインやモルヒネを打つようになった。イランで麻薬所持が見つかり本国のアフガニスタンに強制送還されてしまった。
家族とは別れ別れ別れになって、今は連絡が取れない。
ここに来ればドラッグが手に入ると、2ヶ月前にやってきた。ひと包み0,5グラムのフェロインが50アフガニー(約90円)で簡単に手に入る。細いストローで煙を全部吸い込むサイードの額には大きな切られた傷跡が残っていた。ざっくりと刻まれた傷跡は彼の19年間の過酷な人生を物語っているようだ。
このままでいいとは思っていないが抜け出せない、土色の顔に目だけがぎらりと光った。人生でもっとも輝くはずの19歳。しかし地獄のような日々からどうしたら抜け出せるのかそのすべはない。
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posted by M at 23:43| アフガニスタン