2011年03月19日

津波 気仙沼レポート1 孫への土産

3月17日午前。宮城県気仙沼市に入った。
港が見える高台に上ると町の全景が見えた。息をのんだ。
すべてが失われている。
340トンの巨大な船が港からはるかかなたに打ち上げられている。先日まで燃え続けた火災はすべてを灰にした。地震、津波、火災。昔「地震、雷、火事、親父」と怖い物の順にたとえられたが今は「地震、原発、津波、火事」だ。
気仙沼の町はイラクやアフガン、コソボ、レバノンなどの戦場で見た破壊された風景とは規模内容が全く違う。

町内会の防災係だった五島正登(65)さんは地震発生後すぐに町内の人たちを安全な高台に避難させた。近くの缶詰工場から流れ出た缶詰を拾って孫へのお土産だといった。何もかもない。水、灯油、食糧、衣類、何もかもない。すぐすべての支援を。

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posted by M at 21:12| 地震・水害など