2011年05月05日

飯舘村から 3月15日取材初日

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3.11以来、私は写真の整理をする時間がなく取材に走り回っていた。
少し時間がとれたのでこれまでの動きを整理していて気づいたことがある。

ちょっと古い話になりますが、3月15日の話です。
福島第一原発は3月15日午前6時すぎに2号機の圧力抑制室が破損。爆発を起
こしていた。保安院は北西の方向に汚染が広がる事をシュミレーションしていた
が、「パニックになることを恐れて発表しなかった」(細野豪志首相補佐官の5
月2日の会見)

この日JVJAのメンバーとDAYSJAPAN 編集長の広河隆一氏は、南相馬からの帰り道
ちょうど午後4時頃、伊達市月舘布川で高濃度の放射線を検出した。
(3月16に日のブログを参照してください。http://mphoto.sblo.jp/index-4.html
伊達市月舘からわれわれは山道に入り飯舘村方面に車を走らせた。
ちょうど消防小屋の敷地に車を停車させ、測定した写真が見つかった。
伊達市月舘布川から20分ほど走ったところだった。
ここで放射線測定器は振り切れてしまった。
広河さんが持っていた放射線測定器は100μSv/hを越えてしまった。これ
以上測定不能だ。

役場近く(原発から北西39キロ地点)に置かれた放射線測定器は3月15日16時 
22.7μSv/h,同日17時40分 33.2μSv/hで最高が同日18時20分 44.70を記録。そ
の後、減少している。
 原発から北西に44キロ地点の前田地区は100μSV/時以上になっていたこ
とになる。公民館の前の民家には女性がおり、すぐに避難してくださいとお願い
するしかなかった。その後、我々は川俣町の災害対策本部を訪ね汚染が酷い旨伝え、避難をお願いした。

以来、理由ははっきりしないが、飯舘村に引き寄せられるように取材を開始した。
そして、今日 あのとき(3月15日)我々が飯舘村の計測をした場所が前田地区の
公民館前であったことに気づいたのです。
なんとあそこが100μSV/時以上あったなんて信じられません。

前田地区は酪農家の長谷川さんが住んでいる地区だ。その後、たびたび通っていると
ころだ。
そういえば、前に長谷川さんの家の雨樋の下ではかったら80μSv/hあった。長谷川さんと奥さんは覚悟していたように「やっぱりな」と一言いって、黙ってしまった事を思い出す。
酪農の後継者になろうとしていた長男は奥さんとこどもを連れて避難していた。
長谷川さんは「牛の処分が終わってからだ、人間が避難するのは」と来る人ごと
に話していた。
posted by M at 22:27| 原発