2012年01月11日

20キロ警戒区域内 餓死した牛

正月元旦、20キロ警戒区域内にある浪江町の牛舎に行った。
夕日が差し込んだ牛舎の中は静まりかえっていた。
クモの巣が時折風に揺れていた。
3月12日事故発生直後、20キロ圏内には3000頭の牛がいた。

住民はとるものもとらず、緊急避難して、それっきりになってしまった。
牛舎から放され野生化した牛となった。
牛舎には繋がれたままの牛が残っていた。
やがて牛舎から牛の牛のなき声が消えた。
牛舎をおおう異臭は冬とともに収まり、文字通り皮と骨のミイラが牛の原形をとどめていた。
息絶えた牛の背後から近づくと、立ち上がろうとするかのようにカメラを見つめていた。
眼孔がぽっかりあいたその奥にはウジがサナギになって、これもミイラになっていた。
しゃがみ込むと腐臭が漂ってきた。
壮絶な死が目の前に広がっている。
心の奥底からやり場のない怒りがこみ上げてきた。
だが、牛舎を離れるた後、あの惨状を表す言葉が見つからなかった。
写真を発表すべきか否か・・・・。

「自分の屍が役に立つなら…と、世に出すことを願っているような気がします。福島の苦しみを余すことなく伝えて欲しいのは、人間も牛も同じだと思うから」
と友人からのメールがきた。
だから、勇気を出して公表する。
目をそらさずにしっかり見て、脳裏に焼け点けて欲しい。

牛たちの屍は原発に頼ってきた、人間の愚かさを告発している。
(2012年1月1日浪江町)
shosei1_TM1_5514.jpgshosssei1_TM25054.jpg
posted by M at 23:20| 原発