2012年04月28日

26年目のチェルノブイリ 30キロ圏内の村に戻った老人 サマショール

ウクライナ北部チェルノブイリ原発事故でふるさとを追われた人々が30キロ圏内に戻って生活している。
かららをサマショールという。
パレシェフ村は30キロ圏内でも低汚染地域だ。かつて300世帯がすんでいた。
いまはイワン セメシュクさん夫妻ほか6人が住んでいる。
事故当時ソフォーズの仕事をしていた。
事故から一週間後の5月3日、自家用車で夜中の11時頃避難した。
途中で何度もチェックポイントがあって、放射線を測られたりして、あさナバグれビア村に着いた。
避難所に着くと身体を冷たい水で洗った。お湯を沸かしていたが避難民が一杯で枠のが間に合わなかった。
年寄りの家庭に3ヶ月ホームステーした。避難する時には3日間だけ避難すると言われたのにその後転々と避難所を変え88年村に戻って来た。
村が汚染しているとは知らなかった。村に戻りたいというと村の担当者は戻って良いと言われた。
「やっぱり、生まれたところだからいい。自然も昔のままだし、食べるものもうまい。ここで暮らせることはとても幸せだ」といった。
食卓にはフナのような川魚の塩焼きの食べ残しが置いてあった。プリピャチ川で釣ったと言った。
「ここで死ぬまで暮らしたい」これがイワンさんとマリアさんのささやかな願いだ。
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posted by M at 08:14| 沖縄