2013年03月05日

不屈のイラク人フォトジャーナリスト来日費用カンパの呼びかけ

イラク戦争10年 
イラク戦争10年のイベント参加、日本各地でイラク戦争の講演を行うため来日する
フォトジャーナリスト アリ・マシュハダーニ氏の滞在費用とイベント開催費用の募金を呼びかけます。
みなさん ご協力お願いします。

振込先 郵便振替 :加入者名 イラク戦争10年実行委員会
         :口座番号 00110−8−263690

問い合わせ 「イラク戦争10年」キャンペーン実行委員会
(事務局: イラク戦争の検証を求めるネットワーク)
TEL : 090-9328-9861
FAX :   03-3209-5122
E-mail : iraqwar10years@gmail.com


2009年4月アンバール州で取材したアリ・マシュハダーニ氏の写真と記事の一部を紹介します。
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「177305」これがアリ・マシュダーニ(40)につけられた米軍の刑務所での囚人番号だ。アリは2003年の占領以後、米軍に8回も逮捕された。
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米軍が町に張り出したアリを「すぐ逮捕する」と通告のポスター

バグダッドの西150キロに位置するラマディーはアリのホームタウンだ。スンニトライアングル、テロリストの巣窟、イラク最大の激戦地、等と呼ばれ米軍包囲の中で無数の市民が犠牲になった。アリはロイター通信やBBCなどと契約を結んだ地元記者としてラマディー、ファルージャなどの米軍による数々の大量虐殺現場を取材し、米軍の残虐行為を世界に発信し続けた。イラクにはアリに続くたくさんのイラク人ジャーナリストがいた。彼等は真っ先に米軍から命を狙われた。

ラマディーは人口40万人のアンバール州の州都。ユーフラテスの流れが運んだ肥沃な大地は豊かな恵みをもたらし、その中州に発達した町だ。この町の住民の多くは敬虔なイスラム教スンニ派の人々だ。町にはたくさんのモスクがあり、朝夕お祈りの時を告げるアザーンが町のあちこちから聞こえてくる。
2003年4月占領に反対する市民の平和的なデモに米軍は無差別発砲で応えた。たくさんの市民が犠牲になった。この町の抵抗はこの時から始まった。
 しかし、アルカイダやイランからの勢力など外国の反米武装勢力が町に入り込み、米軍は市民も外国勢力も見境なく攻撃の対象にした。
 2004年から2006年ラマディーの包囲、掃討作戦は非道を極め、白リン弾や劣化ウラン弾を使った無差別攻撃で多くの市民が犠牲になった。けが人は市内の病院に収容しきれず、バグダッドの設備の整った病院に運ぼうとしても、道路は全て封鎖され、市外に出ることも許されなかった。助かる命も助からなかった。
外部からの出入りを完全に遮断し情報が外部に漏れないようにした。米軍は大量虐殺を外部に知られたくなかった。それ故、地元ジャーナリストは米軍から最も狙われたのだ。
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米軍のアパッチヘリで攻撃されたアリの住んでいたアパート。妻とともに間一髪で逃げ出した。


2006年11月、ロイター通信カメラマン アリ・マシュハダーニのアパートが戦車砲とF16戦闘機からの発射されたミサイルで、火災が発生、全焼した。妻と命からがら脱出したが部屋の書類や写真はみんな焼けてしまった。ある時、米軍の戦車の砲撃を壁越しに撮影しようとカメラを壁の上にのせた途端、狙撃手にカメラのレンズを射抜かれてしまった。射抜かれたレンズは、ロンドンのロイター通信社に展示されているという。

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ある時、ラマディー郊外の米軍キャンプ近くで撮影中米軍に逮捕された。両手を後ろ手に縛られた直後、カメラにセルフタイマーをかけ、路上に放り投げた。そして、自分が写り込む位置に座り込んだ。その写真には後ろ手に縛られたアリともう一人のイラク人を監視している米兵の姿が映っていた。逮捕理由はいつもテロリストの協力者だという。「僕はいつも市民の目から米軍を見ている。それがテロリストの協力者なら市民全部がテロリストと言うことになる」と米軍を批判する。
posted by M at 10:04| イラク