2013年08月02日

見てくれ、オレが作ったメロンだ。父ちゃんは2011年3月23日「福島の百姓は終わりだ」と言って逝った。

政府や原発を推進してきた人々は「福島第一原発事故で死んだ人はいない」と繰り返し公言している。しかし、福島県内の震災関連死のうち789人は避難などに伴う「原発関連死」だ。そのうち12人(東京新聞2013年3月13日)が自ら命を絶っている。原発が無ければ自ら命を絶つ事は無かった人々だ。
 遺族の多くは声を上げる事も出来ず東電への賠償請求も行っていない。

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東電は父ちゃんの仏壇の前で頭を下げて欲しい。

 「人間が作ったものはいつか壊れる。人間は神様ではないから,絶対安全何てあり得ない」と常に言っていた樽川久志さんが原発の爆発したニュースの映像を見ながら福島の百姓はこれで終わりだ」とつぶき、自らの命を絶った。あれから2年と6ヶ月が経過し,遺族は東電との和解が6月に成立した。だが、東電は和解金の支払いだけで遺族の要求する形での謝罪を拒んでいる。

樽川さんの住んでいる福島県須賀川市は福島第一原発からおよそ70キロ離れている。
亡くなった樽川久志さんは7代目の農家で米と野菜の専業農家だった。久志さんは30代のころから有機農業をはじめた。「農薬はなるべく使いたくない。虫も食ねえものを作ってどうする」と口癖のように言っていた。年間通して現金収入が得られるようにビニールハウスを建て、周辺農家の出荷時期をずらして収入を増やす工夫をした。「もぐら堆肥」で育てたキウリは築地の「こだわり野菜コーナー」に出荷し、高価格で売れた。「父ちゃんは何でも誰もやっていない野菜をつくりいろいろ工夫し、研究熱心だった」と次男の和也さんは父親を振り返る。和也さんは8年前に勤めていたプラント会社を辞め父・久志さんのあとを継いだ。
有機農業と言ってもやることは土作り。毎年冬場には近くの山から落ち葉を集め腐葉土にしていた。原発事故が起こった時には3年分の腐葉土を確保していたが、それも全部汚染し使う事が出来ない。検査したら6000Bq/Kg以上あった。

樽川家の仏壇には樽川久志さんが始めて参加した1985年の原水爆禁止世界大会の報告集が供えてあった。そこで原爆の放射能の被害を知るようになり「原発を落とされた国がなんで原発をつくるんだ」と言うようになった。事故前にはだれも原発に危険について口にしなかったが、今では「親戚、近所の人たちはウチの人の言っていたとおりになってしまった、」と奥さん美津子さんが顔を曇らせる。

「あっちこっちでほうれん草出荷停止だとか、静岡でお茶が汚染されたといわれ、だんだん追い込まれた。ウチではあの年、キャベツを学校給食とも契約して7500個に生産を増やした。そのキャベツが出荷間近だったんだ。3月23日出荷停止の連絡が来た。期待していたキャベツの出荷出来なくなり、終わりだと思ったんじゃないの」と奥さんの美津子さん。
 遺書は見つからなかった。「原発に殺された」「もうこんな人を出さないで欲しい」と東電に訴えた。裁判になるとメディアが騒いで、近所や親戚で和解金いくらもらったとか言われたくないから、東電と直接交渉しようとADR(原子力損害賠償紛争解決センター)に訴え6月に和解が成立し賠償金が支払われた。しかし、和也さんは「一般の人間なら常識的にみて、頭を下げて謝罪するべきじゃないの、メディアを入れた公開の場で。それがして欲しい。東電から非公開を条件に線香を上げさせて欲しいと電話がきたが、弁護団を通じて断った」
和解の文章には「我が社、東京電力とお亡くなりになられた樽川久志様の間に因果関係があったと聞いております」と書かれてあった。人ごとだから東電は全く誠意がない」と怒りを通り越してあきれ顔だ。

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(事故直後の2011年4月26日、農民連の東電本社抗議行動に夫・久志さんの遺影を持って参加した美津代さん)
美津代さんは「賠償はやってもらわなければならないが、一番の願いは原発を早く収束させてほしい。土を汚したら食べ物どっから生産すんの?日本は終わっちまうよね。今すぐ廃炉にして原発をやめるべきだ。
安心安全が大事か、お金が大事か?福島(第1原発)だけでも始末出来ねえうちに他の国に原発売るなんて?なに考えてんだか、総理大臣?」と怒りの言葉が止まらない。

賠償を認めない東電
最近、東電は賠償を厳しく制限している。事故でいまは、「福島の野菜は売れない。競りの最後に回され、買いたたかれておわりだ。福島産と言わずに売られていく。外食産業に持って行かれるんだろう」と和也さん。この風評被害の賠償も認められない。
「みんな放射能検査して出荷してんだもの。畑だって何だって、全部測ってもらった。いままでは気を遣わなくて良かったのに」と美津子さんは大きくため息をついた。
汚染した腐葉土は使われないから買っている。東電は販売実績ないから賠償しないと。さらに産直で売っていた椎茸や干し柿など。農業資材のビニールも汚染したので張り替えた。これも賠償しないと。回収業者も汚染しているから持って行ってくれなかった。無けりゃ困るから買って使っている。請求出来ない損害がいっぱいある。みんな俺らが被っている。被りが凄い・・・・」と和也さんは怒りをぶちまける。
「東電は出さねえように、出さねえようにしている」と妻の美津子さん。

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和也さんが今年始めて栽培したメロンハのウスを見せてもらった。
ちょうど拳ぐらいになったメロンを見つめながら「元木から3本出して、そこから全部で6個収穫出来るようにした」と説明する和也さんの目は仏壇前でインタビューした時と、うって変わって輝いていた
「安全で美味しい農産物を消費者に喜んでもらうためにがんばることが父ちゃんの意志を受け継ぐことだ」と和也さんは父久志さんの死を乗り越えようとしていた。
posted by M at 12:59| 原発