2013年03月28日

福島第一原発 飯舘村から 生き残った子馬

福島圏飯舘村の細川牧場では今年一五頭の出産があったが、一ヶ月以内に14頭が死んでしまった。
この一頭だけが生き残った。
「みんな死んでしまうなんて原発事故前にはなかったことだ」と牧場主の細川さんは首をかしげた。
お母さんポニーにぴったりくっついて離れない赤ちゃんポニーは厳しい冬を乗り越えてきた。
飯舘村にもうすぐ温かい春がやってくる。
がんばれ。
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posted by M at 15:38| 原発

2013年03月25日

福島第一原発 飯舘村から 馬の異常死 相次ぐ

原発事故から2年。ようやく厳しい冬を乗り越えて、飯舘村の牧場にも春の兆しが見えてきた。
細川徳栄さんの経営する牧場には現在、乗馬用馬、ポニー、ミニチュアホース、ロバなどのが32頭前後いる。
今年になってから、この牧場に異変が起きている。
生後一週間から一ヶ月で死亡した子馬が14頭。元気に育った子馬は1頭のみ。
さらに、2月末から現在までに4頭の大人の馬が死亡した。
後ろ足を引きずるようになり、だんだん、歩けなくなり死亡してしまう。みな同じ症状だったと細川さんは言う。
家畜保健所の血液検査の結果、細菌やウイルスなどの感染症や寄生虫による死亡ではないことがわかった。
更に獣医師の診断では黄疸がでおり、肝臓に何らかの異常があるようだ。
細川さんの牧場は馬やポニー、ロバを繁殖させ、調教し観光牧場などに販売し、各地のイベントなどに貸し出していた。
毎年夏に行われる「相馬馬追」の行事にも参加していた。
事故後、細川牧場も汚染した。細川さんも避難したが、馬たちは取り残された。
細川さんは毎日避難先の福島市から牧場に通って世話をしている。

事故後は観光牧場への販売はゼロに。各地のイベント出演依頼もなくなった。
しかし、処分も処分でず、引き取り手も見つからず、放射能汚染したの牧場で飼い続けてきた。
「事故が起こる前には、こんな事はなかった。放射能の影響以外考えられない」
「とんでもない事が起こり始めた。一刻も早く東電は賠償に応じて、解決して欲しい。異常の原因をはっきりさせて欲しい」と細川さんは言った。
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一ヶ月前に死亡したポニーは野犬やカラスなどに食べられ白骨化している。
白いポニーは、けさ死んだ。すでに目だまはカラスに食べられてしまった。
被ばくとの因果関係を解明する必要がある。
現在もこの牧場は毎時4μ㏜前後の放射線が出ている。
posted by M at 22:36| 原発

2013年03月23日

高江から1

久しぶりの高江です。
オスプレイパット建設を巡って攻防の続く北部訓練場のある高江では3月に入り、
ヤンバルクイナやノグチゲラなど天然記念物の野鳥が繁殖期を迎える為、重機を
使った工事だ出来ない時期に入った。
7年間続いている座り込みの抗議行動は平穏を取り戻している。

気温20度。
森岡浩二さんの田んぼで田植えが行われた。
手伝いの人もたくさん来て、無事終了した。
7月末には収穫できる。
今年も豊かな稔りをいのろう。
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posted by M at 11:05| 沖縄

2013年03月05日

不屈のイラク人フォトジャーナリスト来日費用カンパの呼びかけ

イラク戦争10年 
イラク戦争10年のイベント参加、日本各地でイラク戦争の講演を行うため来日する
フォトジャーナリスト アリ・マシュハダーニ氏の滞在費用とイベント開催費用の募金を呼びかけます。
みなさん ご協力お願いします。

振込先 郵便振替 :加入者名 イラク戦争10年実行委員会
         :口座番号 00110−8−263690

問い合わせ 「イラク戦争10年」キャンペーン実行委員会
(事務局: イラク戦争の検証を求めるネットワーク)
TEL : 090-9328-9861
FAX :   03-3209-5122
E-mail : iraqwar10years@gmail.com


2009年4月アンバール州で取材したアリ・マシュハダーニ氏の写真と記事の一部を紹介します。
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「177305」これがアリ・マシュダーニ(40)につけられた米軍の刑務所での囚人番号だ。アリは2003年の占領以後、米軍に8回も逮捕された。
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米軍が町に張り出したアリを「すぐ逮捕する」と通告のポスター

バグダッドの西150キロに位置するラマディーはアリのホームタウンだ。スンニトライアングル、テロリストの巣窟、イラク最大の激戦地、等と呼ばれ米軍包囲の中で無数の市民が犠牲になった。アリはロイター通信やBBCなどと契約を結んだ地元記者としてラマディー、ファルージャなどの米軍による数々の大量虐殺現場を取材し、米軍の残虐行為を世界に発信し続けた。イラクにはアリに続くたくさんのイラク人ジャーナリストがいた。彼等は真っ先に米軍から命を狙われた。

ラマディーは人口40万人のアンバール州の州都。ユーフラテスの流れが運んだ肥沃な大地は豊かな恵みをもたらし、その中州に発達した町だ。この町の住民の多くは敬虔なイスラム教スンニ派の人々だ。町にはたくさんのモスクがあり、朝夕お祈りの時を告げるアザーンが町のあちこちから聞こえてくる。
2003年4月占領に反対する市民の平和的なデモに米軍は無差別発砲で応えた。たくさんの市民が犠牲になった。この町の抵抗はこの時から始まった。
 しかし、アルカイダやイランからの勢力など外国の反米武装勢力が町に入り込み、米軍は市民も外国勢力も見境なく攻撃の対象にした。
 2004年から2006年ラマディーの包囲、掃討作戦は非道を極め、白リン弾や劣化ウラン弾を使った無差別攻撃で多くの市民が犠牲になった。けが人は市内の病院に収容しきれず、バグダッドの設備の整った病院に運ぼうとしても、道路は全て封鎖され、市外に出ることも許されなかった。助かる命も助からなかった。
外部からの出入りを完全に遮断し情報が外部に漏れないようにした。米軍は大量虐殺を外部に知られたくなかった。それ故、地元ジャーナリストは米軍から最も狙われたのだ。
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米軍のアパッチヘリで攻撃されたアリの住んでいたアパート。妻とともに間一髪で逃げ出した。


2006年11月、ロイター通信カメラマン アリ・マシュハダーニのアパートが戦車砲とF16戦闘機からの発射されたミサイルで、火災が発生、全焼した。妻と命からがら脱出したが部屋の書類や写真はみんな焼けてしまった。ある時、米軍の戦車の砲撃を壁越しに撮影しようとカメラを壁の上にのせた途端、狙撃手にカメラのレンズを射抜かれてしまった。射抜かれたレンズは、ロンドンのロイター通信社に展示されているという。

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ある時、ラマディー郊外の米軍キャンプ近くで撮影中米軍に逮捕された。両手を後ろ手に縛られた直後、カメラにセルフタイマーをかけ、路上に放り投げた。そして、自分が写り込む位置に座り込んだ。その写真には後ろ手に縛られたアリともう一人のイラク人を監視している米兵の姿が映っていた。逮捕理由はいつもテロリストの協力者だという。「僕はいつも市民の目から米軍を見ている。それがテロリストの協力者なら市民全部がテロリストと言うことになる」と米軍を批判する。
posted by M at 10:04| イラク

2013年03月02日

2013年03月01日

福島原発 警戒区域 浪江町請土上空から

昨年3月に撮影したものです。
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posted by M at 10:02| レポート

2013年02月26日

福島原発 警戒区域 浪江町大堀6

こどもたちの部屋にかかっていた時計は震災発生時に止まったままになっていた。
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posted by M at 22:36| レポート

福島原発 警戒区域 浪江町大堀5

浪江町の愛澤弘子さんの一時帰宅の同行させて頂いた。
自宅から2人娘のおひな様を見つけて避難先に持ち帰った。
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posted by M at 22:30| レポート

福島原発 警戒区域 浪江町大堀4

浪江町立大堀保育園
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posted by M at 22:26| レポート

福島原発 警戒区域 浪江町大堀3

大堀小学校の教室。震災発生でランドセルや教材が机の上にきれいに並べられていた。
あの日、子どもたちはそのまま避難して戻る事はなかった。
その後、避難から一時戻った教師が子どもたちのランドセルや教材を机の上にきれいな並べ、いつでも返還できるようにしたのだろうか?
誰もいない教室から子どもたちの歓声が聞こえてくるような錯覚を覚えた。
校庭の桜はつぼみを膨らませていた。
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posted by M at 22:15| レポート